最初は、真摯で普通な自殺になるはずだった。真摯で普通、というのもなんだかおかしいが、自殺とは元来そうあるべきものなのだ。
私がまさに、轟音を上げて迫りくる通過列車の前へと身を躍らせようとしたその矢先、男が声をかけてきたのである。
「え?」
通過列車の騒音のすさまじさに、私は大声で男に訊き返してやらなければならなかった。男は中年で、背は低いものの恰幅がよかったが、それでいてまったくといっていいほど貫禄というものは感じられず、一言にしていえばひどく平凡に見えた。
「あなたを探していたんですよ」男は囁くような声で言ったが、その面持ちは抑えきれない喜びに輝いているかのようだった。「といいましょうか、とにかくあなたに類した人をだ。ぜひこれからいらしてください」
「あなたに何の関係があるっていうんです、」と私は言葉を切って、男の顔をまじまじと見つめた。「それに一体、私が何をしていたと思い込んでいらっしゃるんです」
「勇気のある方だ、」男は感に堪えたように首を振った。「あれだけの感情的な体験の後で、しかも息も切らしておられない、……」
私は不意に馬鹿馬鹿しくなってきびすを返した。
結局、男は私を駅の構内の喫茶店に誘い込むことに成功した。男のしつこさに引きずられたせいもあったが、それよりも自分が思いのほかあの瞬間のために消耗していることに気づいたためだった。とにかく、腰を下ろしたかった。男も少しは年齢相応の落ち着きを取り戻したようだったので、私は男の後に従った。
男の頼んだホットコーヒーをすすり、少し落ち着くと、男は同情とも好奇心ともつかない微笑みを浮かべて私に話しかけた。
「すんでのところでしたね。といっても、私はなにも命の恩人を気取りたくて言うわけじゃありません。恩人だなんてとんでもない。あなたはおそらく、誇り高い自殺志願者の常として、第三者の干渉で未遂に終わった今回の試みに強いご不満を覚えておいでだ──それどころか、私に対しては強い憤りをさえ覚えていらっしゃることでしょう」
彼はここまでを一息にしゃべり、乾いた唇をコーヒーで少し湿らせた。
「それほどでもありませんよ」
「いずれそうなります」男はこともなげにさえぎった。「今は、あなたはまだひどくお疲れのはずだし、──それに冷静なようでも、心のどこかでやはり動転しておいでです。しかしそれがいったん落ち着くと、……」
私は黙って男の顔を見た。たしかに私は動転しているのかもしれなかった。冷静に考えているつもりでも、ともすれば自分が何を考えているのかさえ解らなくなる。
ずいぶん長い間、私は男の顔を眺めたまま思案にふけっていたらしい。思案と呼ぶにはそれはあまりにもとりとめがなかったが、私はやっと自分が訊くべきことがらを見つけ出した。
「あなたは誰なんです、」と私は訊ねた。
邂逅
(02/10/7)