ここ数日は持ち前の完璧主義に向かって走りだしてしまったパソ仕事のあまりの難航っぷりに嫌気がさして、片手間の「ギターによる音楽理論おベンキョ支援スクリプト(仮称)」の方にだいぶ比重を移してしまっています。もちろん労働時間に入れたりはしてないよ、これに関しては。(笑)
ネット上のページを開くとギターの指板が出てくるの。そして音楽理論の問題(「○○スケールの音名を入力しましょう」とか)がランダムに出題される。
ギターの指板をクリックすると音が鳴って、同時に下の解答欄に鳴らした音の名前が出力される。何度か鳴らして書き連ねた音名の羅列が正解のスケール(音階)なりの音名に一致すれば正解で次の問題に進む、というカラクリです。
音楽理論的には同音異名っていうのも無視しがたいものだから、それについても工夫を巡らせてみたよ。
こう書いてくると正直、これはこれなりによくできたプログラムだなーと我ながら思ってしまうんだけど(笑)、ただこれでも仕事で作ってるものよりははるかに単純なんだよね。だから気分よく完璧主義ができてしまうというか。
しかもこれがちゃんと仕上がれば、僕自身の音楽理論の勉強にダイレクトに役に立つ。
昨夜は深夜から早朝にかけて、そのプログラムのために手持ちのギターシンセからギターの単音を抜き出そうとしてた。ギターシンセって基本、ギターらしく自然な奏法で音を鳴らすように作ってあるから、各フレットごとののっぺりした単音を弾かせようとすると意外と難しくって思いのほか手間取ってしまった。
結局、各音を長く伸ばして演奏させた1つの大きなオーディオファイルを録るところまでしか進まなかったよ。次はこれを1音ずつ切り出すのだ。(遠い目
ああ…同じ車両で赤ん坊が泣いている。でもお母さんなかなか冷静だ。
こういうとき、遠慮が強すぎて右顧左眄してしまうお母さんより、赤ん坊が泣くのはしょうがない、とある程度割り切りった態度で堂々とあやしてるお母さんの方が好きだな。
えーと。(汗)そうそう。
このプログラムについてはうまくできたら自分のサイトにも設置してみるつもりです。
ザセツしませんように。
12:10
10分ほど呻吟してなんとか起床。
昨夜は友達から又借りした井伏鱒二の短編集『山椒魚・遥拝隊長』の『丹下氏邸』を読んでから寝た。最後の『遥拝隊長』だけ、さる事情で先に読んであったからじきに読み終えそうだけど、井伏鱒二の文体はちょっと軽妙で面白いな。
『ドリトル先生』の英文原稿を持ち込んだ人の気持ちもわかろうという感じ。特に『屋根の上のサワン』という、銃で撃たれて傷を負った雁を保護して飼い始める男の話なんかドリトル先生を彷彿とさせる。
しかし昨夜は夢見が悪かった。家の中にお札(ふだ)が張ってある夢とか…けっこうリアルで嫌だったな。これも日食の影響か。(たぶん違う
目が覚めたときはほっとした。
起きるなり最初にしたことは、万一たまたま目が早く覚めたときに日食が見られるようにと思って開けてあった雨戸を閉めることだった。今日は治療の日だから家を空けることになるし。
13:42
出発。最寄り駅プラットフォームでこれを書いている。
体調はよくない。怠い。まあ平均的ってことだ。
(この後、往路はずっと『おバカと馬鹿と総理大臣』を書いていた。以下は翌日昼間に思い出し書き)
15:00
予定の時刻に都内某所(何)の治療所に到着したものの、間もなくお医者から電話があって「40分ほど遅れる」との連絡。治療法自体が医者自身の身体の経絡バランスが整っていることを前提にしているせいもあって、こういうことはわりあい多い。…が手持ち無沙汰は免れない。
この日は前出の日記を推敲して暇を潰した。
17:40
帰途につく。
18:50
友人宅におじゃま。鰻や桃をご馳走になる。フジテレビがずっと付けっぱなし。
どさくさまぎれに井伏鱒二も読み終えた。最後に読んだ『へんろう宿』や、それに『夜ふけと梅の花』あたりはちょっとカフカを思わせる不条理な感じが面白かったな。
22:30
疲労が激しく眠りこけてしまった。外出先とはいえ馴染みの場所なので、良くも悪くもリラックスすると持たない。
1時間ほどして朦朧となりつつ目を覚まし、日本酒「奥の松」を飲み交わすなどして深夜2時ごろ就寝。明日はこの友人とパシフィコ横浜で開催中の「海のエジプト展」を見にいく予定。
写真はなぜか撮ってあったこの日の桃。
昨日書いたネプリーグ関連の毒舌をちらっと読み返して、この人(僕)の書いてる知性とか感性とかって一体なんなのよってことをふと考えた。するとなんとなく、「ダメな例」として最近衆議院を解散したさる人物(仮にAさんとしよう)が頭に浮かんだ。
昨日の今日で、毒に毒を重ねる格好になっちゃうけど、政治に言及するの自体も久しぶりだし、ちょっと書いてみたい。
彼は就任早々から漢字の読み方がわからないなどの問題を露呈して世の顰蹙を買ったけど、その時点ではまだ「漢字が読めないからといって政治家としてダメというのは言い過ぎ」みたいな擁護論もけっこうあったように思う。
でもね、違うんだよ、僕にいわせれば。もちろん漢字が読めないから→ダメ、とストレートに思った人も中にはいたんだろうと思うけど、少なくとも僕にとっての問題の本質はそういうところじゃない。
じゃあ本質は何か、といったら、それはたとえば、知的好奇心の問題。ものごとを見て不思議に思ったり、調べてみて納得したり、というごく当たりまえなことを、当たりまえに重ねてきた人物なのかそうでないのか、ということ。これはお勉強的なことに限らずね。
たとえば踏襲をフシュウと読んだ瞬間、「あれ、こんなとこでフシュウなんて聞いたことねェな?」と思う、気づく、という心の反射が重要で、それができる人はおのずと心や頭がその人なりに肥えていくものだと思う。
そうして結局、そういうことができる人たちのことを僕は知性や感性の秀でた人として認識しているんじゃないかな。
具体的には、漢字の読み方だったら「間違え方」がまず変わってくる。漢字のツクリから音を察するとか、あるいは同音異義語の面白さの発見とかから自分なりの漢字感覚が頭の中にできてきて、フシュウのたぐいの間違いは自ずと減っていく(踏襲→フシュウ→腐臭…あれ、腐臭にそんな同音異義あったっけ?)。
もちろん1つや2つの盲点は誰にでもあるだろう。僕にも当然ある…盲点だから見えないし説明もできないけど。
ただAさんの場合、これまでのキャリアの中で漫画だけじゃなく、膨大な行政関係の書籍、資料、官僚作文、無数に読みこなしてきたはずでしょ?政論も戦わせてきたんだよね?
根本的に漢字と縁の薄い人なら漢字で目方を量るのはちょっと酷というものだけど、Aさんにはその言い訳は通らない。
にも関わらず、まさにそういう場における頻出単語から、彼は種々さまざまな錯誤を繰り出してきている。
「従来からの政策を踏襲するだけでなく…」なんて、いくらでも使う。世間一般はいざ知らず、政治家が知らないで済むような単語じゃないよ。
じゃあ一体、これまでの彼はいったい何をし、何を学んできたのか?というのが問題の本質で、だからAさんの漢字問題はそのまま知的好奇心の問題であり、人格問題でもあった、というのが僕の認識です。
だから、一部の根強い支持はあっても、ダメだなこの人、というのはごく早くから感じてきたよ。
実際、某クイズ番組の「ヘキ○ゴンII」なんかを見ていても感じるんだよね。(笑)勘のいい「おバカ」と「ただの馬鹿」の明確な違いはまさにそういうとこだって。
あの番組にはただの馬鹿もいればハイクオリティーなおバカ(?)もいるから、見てるとほんとに勉強になると思う。ものすごくニッチなお勉強だけど。
人間を見るから面白い。そうじゃなきゃつまらないと思う、あんな番組。
そうそう、人を見るといえば僕が日ごろ酷評してきたつるの剛士、最近にわかに立派になってきちゃって困ったもんです。
絶対に成長しないと思い込んでた人がメキメキ成長してくるとビビるねー。(何