最近のこと
最近のこと、4本立てでつらつらと。
基本的に景気悪いです、ここんとこ。(笑)あまりにも景気悪くて、昼夜逆転が従来以上にひどかったりするもんだから某所Mのアプリ「サン牧」ばかりがはかどる。
<ギター>
音楽理論の勉強をギターで、という流れから、いつの間にか「ギターを弾けるようになるための練習」に挑戦し始めてしまって、はや1ヶ月半くらいになるのかな。
指が極端に動かない身体だから(実際に見てもらわないことには、この言葉の意味はよくわからないだろうけど)、その手の練習は僕にとってもう長らく禁忌だった。
何度も何度も絶望的な壁に跳ね返されてきて、「不毛だから、ギタリスト的なことは一切やめよう。音楽へのアプローチはほかの方法でやろう」という結論はもうとっくに出ていたはずだったんだけど。今回はそれでも、かつてないほどうまくいっていたんだよね、最初のうちは。
ただやっぱり、3週間ほど前に「それ」がやって来た。(汗
それまでの2,3週間に渡る練習で、速度をお手本の70%まで落とした状態でならある程度ノリを持って弾けるようになっていた(つもりの)ブルース風のソロのフレーズが、ある日ぱったりと弾けなくなっていた。
弾くつもりだった弦の隣の弦を弾く。弦を空振る。そんなことが、ある日を境に爆発的に増えて、再生速度を60%や50%に落としても少しも思うようにならなくなった。
こうなると、”Music is an ear thing.”だっけか?例の名言も形無しだ。(笑)弾いていると、思っている音と違う音が鳴る。あれ?となってもたつく。もたついた瞬間からはもう、イメージしていたノリなんて出せるわけもない。そんな状況で、耳もイメージも何の役にも立たない。
イメージを再現できる、最低限の再生装置の性能がなければダメなんだ。その最低条件、健常者レベルの「指の動き」がなければ、”Music is a finger(hand) thing.”ってことにならざるをえない。
70%の再生速度であれば、そして習い覚えたマイナー・ペンタトニックのわかりやすいソロフレーズというごくごく狭い範囲内であれば、先週までの僕は”ear thing”に近づいていた。
それがふっと、ほとんど跡形もなく消えちゃった。「状態」が「努力」を絶対的に凌駕してしまう。あの努力は何だったんだろう、と正直、思ってしまう。
以来数日、やってもやっても戻ってこない。一度はできていたことができるようにならない。・・・2週間ちょっとが経った今もなお、実はその延長線上というのが現状だ。
60%の速度での粘り強いアプローチから再開して、突っかかる部分が見つかっては部分練習を繰り返し、見あたらなくなったら通して弾いてみて、数回通れば再生速度を1%上げる・・・そんな気の遠くなりそうな反復を繰り返して、今日になってやっと、65%まで戻ってきた。
外出の日を覗くほぼ毎日、平均3時間くらいかな?努力と工夫を重ねて、なおこれだ。(笑)ギターの練習は禁忌、だった理由がわかろうというものだけど、でもやっぱり、あきらめたくないんだよね。
たとえ無駄であろうと、今回ばかりはこの久々の「不毛な」努力をやり抜いてみてやろうと思っている。
ひとたび手が動いて、ギターがものになって、音楽が「耳のこと」になったとき、僕には音楽やギターってものがどんなふうに見えるんだろう、って思ってしまったから。うまく伸びていたとき、セッションってどんな感じだろう、とか、ちょっと思ってしまっていたから。
あきらめられない。
さしあたり、爪を噛むという幼年期以来の悪癖も懸命に封印しつつ(笑)、努力の日々が続いています。
<治療>
医者に指示されて一昨日は2時間、今日は2時間半のウォーキングを敢行した。今日の2時間半に関しては、細かい事情ははしょるけど、医者の予言が当たれば「2時間を経過するあたりから楽になり、疲れを感じなくなって、いくらでも歩いていられるような感じになる」ことになっていた。
しかし案の定、そうはならなかった。(笑)
僕が乏しい体力と貴重な時間とを費やして実験した結果としてわかったのは、(例によって例のごとく)僕の身体は医者が予言するようには少しもならない、ということだけだ。(笑)いったい何度目の失望だろう?
気が萎えてどうしようもないね。今の仕事もそこからもらってるから、放り捨てるとすればもろともにってことになってしまうけど、それもどうしようかなという感じ。
まあ無料で治療らしきことを続けてもらえてるんだし、希望がきっかりゼロになったと感じてるわけじゃないから、結局は続けるんだろうと思うけど。だいたい、明日も治療だし。
ただ、気が萎える。仕事をする気力も萎える。
人間の自然、どうしようもない。こういうことはあの医者には不思議なほどわからないことのようだけど。
あ、そうそう、そんな今日のウォーキング中に聴いた「はっぴいえんど」という昔のバンドの『風街ろまん』というアルバムはとてもよかった。最近、テレビCMなんかで使われて印象的だった『風をあつめて』という曲を聴いてみたくて借りたアルバムだったんだけど、ほかの曲もとてもいい。
世の中にわりとありふれてる「ビートルズみたい」という形容は、6割くらいの皮肉を含んだ言い回しというふうに僕にはどうしても聞こえてしまうんだけど、彼らに対してはその皮肉の成分をきれいに除去した上でその「ビートルズみたい」、という形容をかぶせてみたい。
何よりも本人たちが音楽を楽しんでいて、自然で自在。日本のビートルズだな、この人たち、って何のイヤミもなく思っちゃったんだよね、何曲か聴いた時点で。
<パソ仕事>
行き詰まった感じが8月末あたりからずっと続いていて気が晴れない。そもそも1人のプログラマーが抱え込むには対象が大きすぎやしないか?と思う。
・独自の顧客管理システム
・独自の英単語並べ替え問題出題システム
・英単語並べ替え問題の関連データ管理システム
・管理システムの利便性向上のためのAjax研究
・回答用フォームの利便性向上のためのFlash研究
以上すべての開発および保守および改良、すべて僕一人の仕事。(笑)
いやそれどころか、そうしたすべてに優先順位を付けて、プロジェクト全体を前進させていくのも、そのための下調べや手段の選択も、すべて僕。ちょっと、おかしくないか?
しかもその間に、たびたび雇い主からは臨時のオファーや「こっちを先に」「ここをやってもらわないと」というたぐいの横槍が入る。その都度、僕はやりかけの仕事を放置せざるを得ず、戻ってきたときには新しい情報や知識も増えていて、やりかけの仕事の不完全性ばかりが目につくようになっている。
結局、その仕事は中途半端なまま振り出しに戻さざるを得ず、いつになっても「ひとまずの完成形」が見えてこない、という状況だ。
ネットを調べているとプログラマーと名のつく人々の精神疾患とかとても多いようだし。本当にどうにもならなければ、やっぱり治療も何もかも放棄する覚悟で爆発するしかないな、と密かに思い続けている。
そしてその緊張がまた、疲れる。(遠い目
僕は患者だ。
患者が治療所で仕事を引き受けて生計をつなぐまではどちらかといえばいいことだけど、その負荷がむやみと上がって身体を壊す水準まで行くとすればどうだろう?
<ヘッドフォン>
ヘッドフォンを買った。DENONのAH-D7000という、そんじょそこらのお金持ちのオーディオマニアでさえ垂涎の(たぶん)途方もない高級機。
この分野ではもう、一生に一度の買い物だと思う。壊れたら修理して使う。
音楽を聴くのにも作るのにも付きものの、吸音やら反射やら・・・いわゆる「部屋鳴り」にともなう「正しい音が聴こえない・聴こえてくる音を信じられない」という根源的な問題を、この1台で一足飛びに解消したつもり。
分不相応を絵に描いたような出費だという自覚はあるけど、今のところとても気に入っている。そしてやたらと音楽を聴いている。
ネット上で優れた仕事を公開していた某マスタリング・エンジニアMさんの非常に具体的かつ私的な推奨の言葉をきっかけに、ネット上の情報を集めに集め、候補として残った機種をヘッドフォン試聴ブースをうろうろしながら聞き比べて、「これしかない」という唯一無二の機種にまで絞って買ったから後悔はしていない。
とても大きなメリットとして、このヘッドフォンは長年にわたって昼夜逆転著しかった僕に、本気で音楽を聴くという時間を実に久方ぶりに取り戻させてくれた。ほんとに毎日のように聴いてるよ。(笑)
スピーカーで聴くのと違って、近所迷惑にならない、というのがもちろんその直接の理由。でももう1つ、大きな理由は、僕がこのヘッドフォンから聴こえてくる音を「信じられる」ということだ。
そしていつか僕は、できればこのヘッドフォンをそのままDTM用のパソコンにもつないで、いつも音楽を聴くのと同じ「耳」で、自分の作る音楽をモニターしながら作業してみたいものだと思っているよ。
それはとても大きなメリットになるんじゃないだろうか、と密かに期待してる。なんというか、こう・・・そんな日が再び来るかどうかは別として、妄想が膨らむんだよね。(笑)