デトックス考

デトックス。
というとなにやらひどく健康的な響きだけど、今回のこのデトックスは明らかに、痛い気づきの数々と、ある程度の歳月なしには達成できないヘビーで内面的なやつだ。一昨日と昨日、山ほどの激怒と罵声と示唆とを受けて、反芻に反芻を重ねて、僕はやっと、そのことが自覚できるようになった。

まず僕には、僕自身に も、毒親がいる。父親がそうだ。
ずっとずっと反面教師だと思ってきた。ああはなるまいと思ってきた。激しく敵対して、ある時期までは怒り、激論を交わし、砂を噛むような不毛な思いを重ねて、その後いっさい無視するようになった。
でも。それでもなお、僕はその毒の一部を引き継いでしまっていたようだ。こればかりは、なんとしても克服しないと。誰から見てどうという話ではなくて、僕自身に明日がない。

僕はおそらく、ACではないのだろうと思っている、今のところは。
それは、毒親が幸い片親だけであって、母が身を挺して僕を守ってくれたこと(そのストレスで彼女はかなり体を悪くした)に起因するようだ、とこれも今のとこは思ってる。ただこれも先々、自認が進むにつれてどう思うようになるかはわからない。正直なところ、僕は怖い。
でもこれを乗り越えないと、僕は輪廻を引き継いで、加害の常習犯になる。このままいけば、僕も毒の人になる。それは本当に虫酸が走る未来図なので、もう本当に心の底から、全身全霊をもって回避したい。

成長を模索する今後の数年間、僕を刺してくれる人のことは必ず歓迎しようと思う。聞いて、言い合って、いやそれはさすがに違うだろう、と思えば採用しないこともあるだろうけど。とにかく一度、胃袋に入れて、徹底的に悩んでみることにしようと思う。
直言はもちろんのこと、耳に痛くて反射的には腹立たしいエアリプさえも、聞ける人間になろうと思う。そしてその収穫を、実際の行動で試行錯誤できる人間になろうと思う。

こういうことを書くのは、いわゆる「宣言の力」に期待しているから、というのが1つだ。書いたら、いくら怠惰な僕でもやらざるを得ないし、苦言もひとまずは飲み込まざるを得ない。退路を断つためだ。
正直、ここまで書いて、何もしなかったら、とても恥ずかしい。僕は、よくも悪くも見栄っ張りだから、都合がよい。
結局、人間は行動がすべてなんだから。そしてこの数年間の感情については、僕はいくらでも言い訳の言葉を思いつくけど、行動はどうだったのか、と振り返れば、もう自責の念しかない。

そういうのはもう、やめにしたい。誰の救いにもならない。
今後、動機はところどころ不純だったかもしれないが、行動はしていた、と言い切れる数年間を作りたい。そしてできれば、自分自身の変化を、自分自身で見届けたい。今は、そんなことを思っている。

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