弟と母と飲んだ夜

昨夜(11日)は、とてもうれしい夜だった。この悲しみの渦中にあってさえ。
夜、パソコンに向かって、このブログの鬱ログの2番目の記事を書き終えようとしていたとき。まさに、頭の中は虚無でいっぱい、という心境でいた僕の部屋のドアを、コンコン、と母がノックした。

立ち上がる気力すらなかったので、声を張って「なに!」と聞くと、なにやら黙っている。でも僕、いま本当に、つらすぎて、椅子から立ち上がれないから。
黙っていると、やがてドア越しに用件を言った。
今、1階に弟が帰ってきている。ワインを買ってきたので、一緒に飲まないかと、彼が言っているのだけど。

正直、気は進まなかった。やむなくのそのそと這い出て行った暗い廊下で、僕は母を前に立ち尽くした。
いや、だって、なにしろ僕は今、ハリボテの人生が崩壊していくのを呆然と見ている、その真っ最中なんですけど。
一体全体。なんでまた、よりによって今日なんだ。

断りかけて、でもこれは、千載一遇の好機だ。ということを思った。
無人のゴールの前に、もう何年も気まずく疎遠になっていた弟が、絶好のパスを蹴り込んでくれている。
今夜、僕がこよなく苦手とする毒父は、他国に旅立っていて、家にはいない。誘いは、明らかに、その条件を前提にしたものだった。

たとえば、こういった機会を無にすることで、僕はあの人を失ったんじゃないのか。最後に会った、あの日もそうだった。
あの人を失ったから、といって、泣きはらした目をして髭も伸び放題で着たきりスズメの寝巻き姿だから、といって。弟の手前、カッコつかない、恥ずかしいといって、躊躇したら。
僕は今度は、生涯、弟を失うかもしれない。

僕はそこで、母の後をついて、弟の待つ階下のリビングへと降りていった。


弟とは、実に久しぶりの対面だったけど、会話はふしぎなほど和やかに進んだ。僕がヤケクソ気味の勢いで、実は友達を1人失ったばかりで、普通の精神状態ではないのだ、という打ち明け話から始めたのもよかったのかもしれない。
でも何よりも最大の要因は、弟がしばらく見ない間に、文字通りの好青年に成長していたことだ。

公認会計士で、セミプロのジャズギタリストで、某コンテストのファイナリスト、といった肩書からすれば、実をいえばもう少し、どこかしら成功経験の反動で、崩れている部分もあるかと思っていた。が、それが、なかった。
語る言葉は率直で、僕に対しても嫌味なくフラットで、威張ることもへりくだることもない。そういう人に対しては、僕みたいなへんちくりんも、あまり構えずに話すことができる。

用意されてあったワインに頼るまでもなく、会話が始まった。ちらっと目を合わせて「なんか、ありがとうね」と声をかけ、「いやいや、ありがとう。僕は、うれしいよ」と大人びた声が、笑みをおびて返ってきたとき、ああ大丈夫だこいつは、と思った。
そして弟が母の日用として持ってきたロゼはおいしかったし、そのあと弟買い置きの赤ワインをさらに2本開けて、3人で飲んだ。つまみの生ハムも、チーズも、どれもこれも、おいしかった。

途中、彼の子供時代のことについても話した。彼の兄が強権をふるっていたであろうことについて、遠回しに謝った。
悪かったな、と思うことも多くて、と僕が言うと、いや、好影響の方がはるかに多い、まったく問題にならない、といくつかの例を挙げた。それに、最終的には、自分がそこから何を汲み取るかだから。と、まったくくったくがなかった。

僕自身、自分というものを疑う気持ちがむくむくと成長している矢先のことだっただけに、正直なところ、とてもほっとした。


会計士としてもギタリストとしても活動している彼からは、いろいろ面白い話を聞いたのだけど、それについては書き切れないので割愛する。ただ意外だったのは、僕についての印象だ。
見かけによらず、自己肯定感の強い人間、楽天家、と外では見られる話をすると、そんなはずはないという。

「いや、悪いけど昔から、僕と比べてさえ、あなたは自己肯定感が低かったように思えるよ。それに、楽天家だなんて、そんな。あなたは、ベートーベン並にシリアスな人だ」

ああ。そうだった…と、記憶の糸が解きほぐされていった。
たしかに、僕は昔から、およそ明るいタイプではなかったし、内面的にも、悩んでばかりの少年期を送ってきたんだった。それこそ、体も悪かったし、人間関係にも恵まれなかったし。
あれ、おかしいな。いつからだろう、僕が自分を、自己肯定感の強い人間、楽天家、として認識し始めたのは。

そうだ、7年前だ。あの人が、それを発見してくれた。
そしてもう一人、長年の、持病を同じくする戦友もまた。以前、手紙をやりとりした際にそのことをいうと、僕が楽天家であるという点には「けっこう前から、気づいていました」と書いていた。

彼女ら2人はいずれも、とても優れた観察者だったと思う。でも、弟も、長らく僕をそばで観察し続けた数少ない人間の1人だ。
人が変わり、関係性が違えば、見え方はこうも変わるのか、とまず驚いた。そして、本来の自分をなんとなく思い出したことで、2人の女友達がいずれも僕を楽天家とみなした理由が、気になった。

1人だけなら、目利き違いと思ってもいいだろう。でも、2人が2人ということは、それでは済まない。
彼女らが、2人とも自己肯定感が低いタイプで、僕が相対的に楽天家に見えた、という可能性もある。あるいは、僕はどこかで、無意識に自分を偽っていたのか。


そんな、内心の動揺や反省を挟みつつも、母の日飲み会はワインボトル3本を3人で開け、ぶじお開きとなった。弟が持ち込んだものが半ば以上を占めていたらしく、兄はだいぶご馳走になってしまいました。
思い切って顔を出してみて、よかった。あの人とのつながりは切れてしまったけど、弟とのつながりを、少しでも結び直すことができて、よかった。

昨夜は、いい夜だった。

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